実存哲学は現代D&Iに何をもたらすか:自己、自由、他者の課題
実存哲学は現代D&Iに何をもたらすか:自己、自由、他者の課題
現代社会において、多様性や包摂(Diversity & Inclusion, D&I)は避けて通れない重要なテーマとなっています。しかし、その議論は時に表面的な理解に留まったり、個別の事例に終始したりして、問題の根源や私たち自身の関わり方について深く思考する枠組みを見失いがちです。哲学的な視点からD&Iを捉え直すことは、こうした断片的な情報に体系的な理解をもたらし、私たち自身の考え方を確立する上で大きな助けとなります。
本稿では、特に「実存哲学」が現代のD&Iを考える上でいかに示唆を与えてくれるのかを探求します。実存哲学は、人間の「実存(Existence)」、すなわち一人ひとりの具体的な「在り方」や「生きること」に焦点を当て、自由、選択、責任、不安、他者との関係性といったテーマを深く掘り下げてきました。これらの概念は、現代社会における多様な自己の確立や、異なる他者との共生といったD&Iの核心的な課題と深く結びついています。
実存哲学の核心概念と多様性への問い
実存哲学の最も有名なテーゼの一つに、ジャン=ポール・サルトルが唱えた「実存は本質に先立つ(L'existence précède l'essence)」という言葉があります。これは、人間にはあらかじめ定められた本質や目的はなく、自己の自由な選択と行動によって自己を形成していく、という意味です。石やナイフのように、あらかじめその「本質」が定められているものとは異なり、人間はまず「存在する」ことから始まり、その後の生き方を通じて「本質」を形作っていくと考えます。
この思想は、現代社会における多様なアイデンティティを考える上で非常に重要な視点を提供します。例えば、従来の社会規範や生物学的な定義といった「本質」によって自己が固定されるのではなく、個々人が自身のジェンダー、セクシュアリティ、文化的な背景などをどのように捉え、どのような生き方を選択するかによって自己を定義していく、というプロセスに光を当てます。D&Iが属性のリストアップに留まらず、一人ひとりの「自己規定の自由」を尊重することを目指すならば、実存哲学のこの思想は強力な理論的支柱となり得ます。
しかし、実存哲学は自由に伴う重さも指摘します。「人間は自由の刑に処されている(condamné à être libre)」というサルトルの言葉が示すように、自由であるということは、自己の選択に対する徹底的な責任を引き受けることです。規範や権威に依拠できない私たち人間は、常に自己の選択と向き合い、それに対する責任を負わねばならず、そこに「不安」が生じます。現代のD&Iの文脈で言えば、社会的な期待や既存の枠組みから外れて自己の多様性を追求する際には、周囲からの理解を得られないことや、孤立といった困難に直面する可能性があります。そうした状況下で自己を肯定し、自身の選択に責任を持つことの難しさ、そこに生じる実存的な不安もまた、実存哲学が問いかける課題です。
「他者」のまなざしと関係性
実存哲学、特にサルトルは「他者のまなざし」が自己の意識に与える影響を詳細に分析しました。他者のまなざしに晒されることで、私たちは初めて自己を「対象」として意識し、他者からどう見られているのか、どう評価されているのかを気にし始めます。この「対他存在」としての自己認識は、自己のアイデンティティ形成において不可欠な要素であると同時に、他者の期待や偏見によって自己が歪められたり、固定されたりする可能性も孕んでいます。
これは、マイノリティの経験を理解する上で深く響く概念です。社会のマジョリティの「まなざし」や規範によって、マイノリティは「異質」なもの、あるいは「問題」として対象化され、疎外感や自己否定に繋がることがあります。例えば、シモーヌ・ド・ボーヴォワールは、実存哲学の立場から女性が社会においていかに「他者」として位置づけられ、「第二の性」とされてきたかを鮮やかに描き出しました。彼女の分析は、ジェンダーだけでなく、人種、障害、性的指向など、様々な属性における「他者化」の構造を理解するための重要な視点を提供します。
一方で、実存哲学は他者との肯定的な関係性の可能性も模索します。カール・ヤスパースは、限界状況(死、苦悩、罪、争い)において他者との「交わり(Kommunikation)」を通じて自己の本質に触れることを論じました。ガブリエル・マルセルは、他者を単なる対象としてではなく、「汝(Thou)」として受け入れる「間主観性」の重要性を説きました。これらの思想は、分断が進む現代社会において、異なる背景を持つ他者といかに表面的な理解を超えた深い「共存」を築くか、というD&I実践の根源的な問いへの示唆を与えます。他者を属性やステレオタイプで判断するのではなく、かけがえのない一人の「実存」として受け止め、その自由と不安、そして他者との関係性の中で生きる存在として向き合うことの意義を示唆していると言えるでしょう。
現代D&I課題への実存哲学からの応用
実存哲学の視点から現代のD&I課題を見ることは、単なる属性の多様性リストに留まらない、より深い人間的な理解を促します。
- アイデンティティの多様性: LGBTIQ+の人々、多文化的な背景を持つ人々、障害を持つ人々などが、社会的に押し付けられる「本質」や「規範」に抗い、自己の自由な選択に基づいて自身のアイデンティティを確立していくプロセスを、実存的な課題として捉えることができます。社会的な承認(ホネットなどの承認論とも接続しうる視点です)を得ることの重要性と同時に、社会的なまなざしの中で自己が揺れ動く不安をも理解する視点を提供します。
- 排除と包摂: 社会的な規範からの「逸脱」として他者化され、排除される経験は、実存的な疎外感や孤独に直結します。実存哲学は、こうした状況下で自己の存在意義を見出し、社会との関係性を再構築していくことの困難さと、それでもなお自己を肯定し、社会に働きかけていく個人の力の可能性を示唆します。
- 構造的制約と個人の自由: 社会構造によって個人の自由や機会が著しく制限される状況は、実存哲学の問いかけに新たなレイヤーを加えます。構造的な不正義の中で「自由」や「責任」をどのように考え直すのか。個人の選択はどこまで可能であり、構造への抵抗はいかに実存的な意味を持つのか。これらの問いは、単なる機会均等の議論を超えて、人間の根本的な尊厳に関わる問題としてD&Iを捉え直すことを促します。
まとめ:D&Iを「共に在る」実存的課題として捉える
実存哲学は、人間をあらかじめ定められた存在としてではなく、常に自己を創造していく自由な存在として捉えます。この視点は、現代のD&Iにおいて、多様な個々人がそれぞれの「本質」を自己選択し、他者との関係性の中で自己を確立していくプロセスの重要性を改めて浮き彫りにします。
D&Iを単なる社会的な政策や表面的な属性の容認に留めず、一人ひとりが自己の自由を引き受け、他者のまなざしの中で自己と向き合い、そして異なる他者と「共に在る」という根源的な実存の課題として捉え直すこと。ここに、実存哲学が現代D&Iにもたらす最も大きな示唆があると言えるでしょう。
哲学的な思考は、複雑な現代社会の課題を深く理解し、私たち自身の立ち位置を確立するための羅針盤となり得ます。実存哲学が提示する自己、自由、他者といった概念を通じて、読者の皆さんが自身のアイデンティティや他者との関係性、そして社会における多様性と包摂のあり方について、さらに深く思考を巡らせるきっかけとなれば幸いです。